2月 24

朝6時前に起床。いつものように妻が朝ごはんをつくってくれる。息子をあやし、旅支度を進める。9時の成田エクスプレスに乗ればいいと思って余裕を持ちすぎ、家を出るのが遅くなり電車を逃して仕舞う。仕方なく、次に出る快速エアポートに乗る。空港には11時前に到着。予定では、早目に着いて免税店をゆっくり冷やかすつもりだったのだが。

アエロフロートのチェックイン・カウンターは物凄い行列が出来ているが、ビジネスクラスのカウンターはガラ空きで難なく搭乗券を手に入れる。モスクワから東京に来る便が遅れた関係で、出発が30分延びる旨告げられる。上司や通訳さんと合流して出国。ラウンジで暫し休憩することに。同じスカイチームのデルタ航空のラウンジなので、非常に落ち着いたつくりでくつろげる。共用のパソコンが全てiMacで、しかも窓際にズラっと並んでいるので、まるでアップルストアのような趣き。第1ターミナルの北ウィングは、窓越しに映る機体が外国のエア・ラインばかりのせいか、早くも外国に来たかのような気分になる。上司らは早くもビールを飲み始めているが、僕はダイエットコーラにしておく。外資系航空会社のラウンジにつきもののバナナを頬張る。上司らと別れて免税店巡りを開始。時間はあまりないが、全日空側の南ウィングまでてくてく歩いて、ANA Houseで煙草を買う。ここならば買い物が1割引になるので歩くだけの価値はある。ソウルに行く別のフライトで乗り遅れそうな客がいるらしく、場内アナウンスが繰り返され、アシアナ航空のスタッフが通路でひっきりなしに大声を上げている。暫くすると、その客が見つかったらしく、無線機やプラカードを持ったスタッフらと4人がかりで疾走している。我々が日頃当たり前のように享受している定時運航は、陰で働く人たちの果てしもなく地道な努力で成り立っているんだな、などと感慨にふけっていると、自分も傍観者ではいられない時間になってきたので、小走りで28番ゲートへ・このゲートが、実は地上移動のバス乗り場だったことに気づく。慌てて乗り込むと、実はまだまだ来ていない客がいるらしく、バスの中で待ち続ける。バスの窓から、グラントスタッフの動きが嫌でも眼に入る。最初は余裕の表情を浮かべていた彼女たちも、最後の乗客が来ないことに気づくとだんだんと動きがそわそわしてくる。そして、ついに背広を着た上役と思しき男性に報告が行き、その上役氏が携帯電話で連絡を取り始める。いよいよヤバい状況ということが見て取れる。と、そこに女子大生と思しき一団が現れてようやく全員が揃う。周囲の白い眼をよそに、本人たちはあっけらかんと笑っている。やれやれ。アエロフロート576便はエアバスA330-300。タラップで乗り込む。エコノミーは満席だがビジネスクラスには余裕があり、各列1人ずつ座っている。シートピッチも十分で、大型ディスプレイとフルフラットシートが備わっている。案に反して客室乗務員は愛想もよく、あれこれ世話を焼いてくれる。「東側」「共産圏」という偏見で、サービスにはあまり期待していなかったのだが、良い意味で裏切られる。シャンパンを勧められたので、オーダーしてしまう。ポメリーが並々注がれ、ゴクゴク飲む。美味しい。定刻から約45分遅れてプッシュバックが始まる。特に待たされることもなく離陸。高度が上昇するにつれ、シャンパンの酔いが回ってくる。ベルトサインが消えると、ミールサービスが始める。前菜、スープ、サラダ、メインの鶏肉、アイスクリームのデザートと、次々ゆっくりと運ばれてくる。美味しい。食後、”THIS IS IT”を初めて見る。マイケルが50歳目前とは思えない軽やかさで踊りまくり、若き日と変わらない歌声で歌いまくる。若いダンサーやミュージシャン達を完全にリードしているマイケルは実に活き活きとしていて、本当に音楽がスキだったんだな、と思う。映画を見終わらないうちに眠りに着いてしまう。3時間以上たってから眼が醒める。喉が渇いたので、ギャレーに行ってペプシ・コーラを飲む。パソコンを広げ、時間を潰す。『信長の棺』を読み始める。歴史小説は久しぶりなので、読み進むうちに自分の頭の中が時代劇に塗り変わってゆくのが面白い。機体は着陸態勢に入り、モスクワ・シェレメチェボ空港に到着。迎え角をかなり取ってタッチ・ダウン。雪も降っているし、滑走路もデコボコしているので失速を恐れたのだろう。思ったよりもスムースに着陸。スポットに移動し、ボーディングブリッジが接続されてドアが開く。が、係官が何やら話し込んでいて我々は降機できない。10分くらい待たされて、ようやく降りる。ターミナルFは昔ながらのつくりで、いかにも「東側」の匂いがする。エスカレータなど勿論ないので、転がしていた荷物を持ち抱えて階段を下りる。入国審査ゲートは物凄い人混みで、列がなかなか前に進まない。それでも、割り込みもなく整列しているのは、アフリカ等と較べればマシというべきなのだろう。が、我々の並んでいた窓口が何の前触れもなくシャッターを下ろしてしまう。去ろうとする係官に通訳さんが「あなたの代わりの人は来るの?」と訊くと「それは私の知るところではない」との答え。まさに共産圏。「ここではまだソ連が健在なんだよ」ロシア駐在経験もある上司がぼやく。通訳さんの機転で、空いている隣のロシア人用カウンターに通して貰えることになり、難なく入国を果たす。モスクワ研修生の同僚に迎えられ、チャーターしたワゴンタクシーで市内へ。名物の渋滞に巻き込まれるが、回り道をして空いているルートでホテルへ。そういえば、ソ連の国民車・ラダを全く見ない。21時前にホテルにチェック・イン。支店長も合流して、ホテル内のコリアン・レストランで遅めの夕食。焼肉やらチゲやらを食べる。美味しい。23時前にお開きとなり、遅くまで空いている売店で絵葉書と切手を買う。お互いにブロークンながら英語も通じるのが有難い。部屋に上がり、明日からの会議に備えて資料を整理しておく。テレビは日本の放送はないものの、フランスのTV5があったので眺める。分かる言葉が聞こえるとホッとする。

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written by n-mizuno



One Response to “ロシア出張記 その1: Back in the U.S.R.R.”

  1. 1. Gen Says:

    モスクワ空港は80年代半ばまで年に1往復ほど利用していましたが、
    ろくな売店がない、いかにもロシア人顔の兵士、英語が通じないスタッフ等の共産っぽさをよく覚えています。
    やたら天井が高い、照明が暗い雰囲気をおぼろげに覚えていますが、今も変わらないのでしょうか。

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